俳優の磯村勇人さんが『今日から俺は!!』『SUITS/スーツ』で世間にインパクトを与え、非凡な才能を見せつけましたね!

2015年『仮面ライダーゴースト』、2017年朝ドラ『ひよっこ』で徐々に注目を浴び、今年とうとう大ブレイクしました。

そんな若手注目俳優・磯村勇人さんのルーツに迫るため、子供時代についてまとめました!

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幼少期の頃から役者の才能の片鱗があった!?

好奇心旺盛で手のかかる子だった…?

磯村さんは自身の幼少期を振り返り「いろんなものに興味を示す子供だった」と語ります。小さい子が地面を蹴りながら進む車のおもちゃに乗って商店街を走り回ったり、気になるお店があったら勝手に入ってしまうなど、元気で健やかな証ですが親からしたら目を離せない危なっかしい子だったでしょうね…。笑

“何かになりきる”遊びが好きだった

また、幼少期の頃は何かになりきる遊びをよくしていた記憶があると言います。家の中にあるものを使ってお医者さんごっこをしたり、ソファーのマットで宇宙船を作って宇宙飛行士になりきったりしていたそうです。

もしかしたらこの幼少期のごっこ遊びで培った感性が現在の役者活動に活きているのかもしれませんね!

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ちやほやされたかった小学生時代

小学生時代の夢は「お笑い芸人」

静岡県沼津市立第一小学校に通っていた磯村さんは小学生の頃、人を笑わせることが好きでお笑い芸人を目指していて、卒業式でも「将来はお笑い芸人になる」と宣言しました。

当時憧れていたお笑い芸人はアンジャッシュとインパルスだそうです。磯村さん小さいころからとにかく「ちやほやされたい願望」があったそうで、当時はお芝居より人を笑顔にすることに喜びを感じていたため芸人志望だったんですね。

勉強とサッカーに全力だった

小学生のころの磯村さんはちやほやされたい願望があり、「モテたかった」そうです。

だれよりも「モテたい」一心で勉強もスポーツも全力で頑張ったそうですが、特に体を動かすことが好きだったそうです。
小学生時代は地元沼津のサッカークラブ「アスルクラロ沼津」のジュニアチームでサッカーを頑張ていたそうです。

アスルクラロ沼津は1977年に「沼津アーセナル」として設立されたクラブですが、2006年に今のチーム名に変更され2016年にトップチームがJ3に昇格しました。

また、スポーツだけではなく勉強も優秀だった磯村さん。「モテたい願望」に加え、テストでいい点を取ると母親が褒めてくれたりおもちゃを買ってくれたりしたので、そのために生きていたとのこと。笑

とにかく周りからの承認欲求が強く、それが良い方向に働いていたんですね!

お芝居に出会った中学生時代

自主映画をきっかけに俳優の道へ

当時通っていた沼津市立第一中学校の2年生の時に、スイスの留学生さんたちが学校にやってきて交流するという行事があったそうです。

その行事で「何か映像を作ったら面白いのではないか?」と思い、「アルプスの少女ハイジ」のパロディで「ヌマヅの少女ハイジ」という短編映画を作ったそうです。脚本、主演、撮影、編集など全て磯村さんがこなして出来た15分くらいの映画は全校生徒に大ウケし、この時から「演じることを仕事に出来たら幸せだろうな」と感じたそうです。

なぜ自主映画をやろうと思ったのか?

磯村さんの役者人生に大きく関わっていたのが実は父親とお兄さんだそうです。磯村さんが小さい頃から、父親とお兄さんがよく映画を見ていたそうで気づかぬうちに興味を持っていたのでしょうね。磯村さん本人もその影響が大きかったのではないか?と語っています。

また、映画を“作る”ことに興味を持ったきっかけは、父親が磯村さんの運動会やお遊戯会などをビデオで撮影し、DVDに焼いているところをずっと見てきたことだと言います。

そんなパソコンやカメラなどが使えた父親を見てきて、「自分も作りたい」という思いが芽生えたそうです。

小学生の時は「お笑い芸人」を目指していましたが、根本にあったのは目立ちたがり屋な性格と「人に何かを見せたい」という想いがあったからかもしれないと、磯村さんは語ります。

ちなみに、中学時代の部活はサッカー部ではなくバスケットボール部だったそうです。

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“お芝居”についてひたすら学んだ高校生時代

上京を断念し地元の劇団に入る

中学を卒業した磯村さんは静岡県立沼津西高校に進学しました。磯村さん本人は中学卒業後は上京し、事務所に入りたかったそうですが両親の猛反対により高校に進学し、地元の劇団「沼津演劇研究所」でお芝居を学ぶことにしました。

地元・沼津には劇団が4つしかなく、早く東京に活きたかったそうです。笑

しかし地元の劇団に入って1年くらいでギャラをもらいながら舞台に立たせて頂くという「プロの仕事」をし、その重みを感じたと言います。

当時はまだ目標はなく。ただひたすらお芝居がしたいだけだったそうです。

お芝居のために、美術館や展示会に行っていた

映画を見に行くことはもちろん、役作りの糧やヒントを得るために美術館や展示会などを観に行きました。

普通に学校生活を送ることも、学生の役が来たときのために重要なことですが、もっと視野を広げていろいろなことに挑戦していくことが大事だと考えたそうです。

気になったことはすぐに調べ、様々な分野のアートに興味を持っていたことが、幼いころから好奇心旺盛な磯村さんらしいですね!

学校の成績はいかに?

中学の時にお芝居に目覚めてからは、勉強の方が少しおざなりになっていたそうです。

将来は役者になると決めていたため、文系・理系はどちらでもいいやと考え、仲いい友達が理系に行くという理由で苦手だった理系を選んだそうです。

沼津西高校の偏差値は当時57~60くらいだそうで、そこそこ学力がある高校に通われていました。

ちなみに高校の部活動は、中学の時と同様にバスケットボール部だったそうです。

2年で中退した大学生時代

磯村さんは高校卒業後はすぐに芸能事務所に入って、芝居漬けの日々を送りたかったそうですが、これまた両親に「大学に入っておいた方が良い」と猛反対されて大学に進学することになります。

進学したのは、お芝居が学べる桜美林大学の芸術文化学群・演劇ダンス専修でした。

しかし、本気で俳優人生を歩んでいた磯村さんに対し、同じ学科の同期の意識の低さや学べる環境がぬるいことに危機感を覚え「もっと外の世界が見たい!」と2年で中退することを決意。それ以降はアルバイトをしながら劇団を転々とする生活になりました。

しかしこれにより親との関係がわるくなってしまったそうです。(今は仲直りしたそう)

磯村勇斗は純朴に芝居を愛し努力した役者


磯村さんは、生まれ持った端正なルックスももちろんあると思いますが、「ひたすら芝居を愛し続けた結果」現在のような活躍があるように見えます。

幼いころから子役として注目され役者人生が保証されていたような人や、アイドルが卒業後に知名度を活かして役者に転身するようなアドバンテージを何一つ持たずに、「ゼロ」の人間が努力だけを積み重ねて突き抜けたように、私は見えます。

もちろん子役出身の役者さんや、アイドル出身の役者さんを否定しているわけではありません。それはそれで積み重ねてきたものがお芝居に活きているだけの話ですからね。

高校・大学と大きくなるにつれて「テレビや映画に出演したい」という想いは増していったと思いますが、中学の時にお芝居に出会った頃や高校の劇団で活動をしていたときは、あまり遠くを見据えず目の前の演技に没頭していたように感じます。

そうやってひたすら目の前の芝居を愛し続けた結果、現在のような活躍があるのではないでしょうか?

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磯村勇斗の経歴

プロフィール

生年月日:1992年9月11日
出身(実家):静岡県沼津市
身長:176㎝
血液型:A
所属:BLUE LABEL

代表的な出演作

【ドラマ】
・仮面ライダーゴースト
・朝ドラ「ひよっこ」
・朝ドラ「まれ」
・デイジー・ラック
・今日から俺は!!
・SUITS/スーツ

【映画】
・ういらぶ
・覆面系ノイズ
・恋は雨上がりのように
・春待つ僕ら
など。

まとめ

『今日から俺は!!』と『SUITS/スーツ』で2018年大注目をされた磯村さんですが、2019年3月からは「ひよっこ2」に出演されます!
今後の更なるブレイクが楽しみですね!

【了】

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