山田裕貴の父親・和利はどんな選手だった?東邦高校~カープ時代について!

史上初の連ドラ2作同時出演に、Zipの12月金曜パーソナリティー就任など人気急上昇中の俳優・山田裕貴さん。

実は父親の山田和利さんが元プロ野球選手で現在広島カープの2軍コーチであることは有名な話です。

気になるのは、山田和利さんがどんなプロ野球選手だったのか

そこで今回は山田裕貴さんの父親・山田和利さんについてお伝えしていきます!

Sponsored Link

山田和利の中学・高校時代

山田和利

山田和利

54歳
1965年生まれ
愛知県名古屋市中村区生まれ
180㎝、76㎏、右投右打

地元・豊正中を卒業し、名門・東邦高校に入学。

中学時代・高校時代ともにキャプテンを務めチームを引っ張ってく存在だった山田和利さん。持ち味はキャプテンシーと俊足。東邦高校時代の100m走は11秒6だったそうです。

当時の愛知は中京大中京が強く、東邦高校も甲子園を狙えましたが甲子園に出場したのは中京大中京。山田和利さんがいた頃の東邦は県大会3位・東海大会ベスト8が最高成績です。

Sponsored Link

山田和利のプロ野球・現役時代

甲子園に出場することは叶いませんでしたが、持ち前のキャプテンシーと俊足で活躍したことが評価され、中日ドラゴンズのドラフト4位に指名を受けました。(ちなみに元中日ドラゴンズの山本昌投手も山田和利さんと同い年でドラフト5位でした!)

最初の3年間の出場数は「1打席」

山田和利の中日時代

しかし、山田和利さんのプロ現役時代は順風満帆とは言えませんでした。

同い年の選手が1軍の試合に出場する中、山田和利さんはファームでひたすら基礎トレーニングで身体を作る日々。なんと最初の2年間では1試合も出場することはなく、3年目に初出場を果たすもたったの「1打席」しか出場機会はありませんでした。

4年目はシーズン終盤に巨人の優勝が決まってからの消化試合で何試合か出場することがあったくらいです。

当時は落合博満、宇野勝、そして立浪和義というスーパールーキーがいてレギュラーを勝ち取ることが非常に困難でした。

広島カープに移籍後は強打者に!

山田和利の現役時代

プロ5年目、中日ドラゴンズに在籍していた最後の年は82試合出場し、リーグ優勝に貢献しました。

6年目は1軍に呼ばれることがなく7年目も29試合出場にとどまる苦しいシーズンが続き、8年目(1991年)に広島カープに移籍しました。

これまでは俊足のユーティリティープレーヤーとして起用されることが多かった山田和利さんですが、広島では強打者として進化しました。

広島に移籍して2年目は94試合出場し8本塁打、29打点、打率.282と自身最高の成績を収め、移籍3年目も12本塁打に53打点を記録しました。

その後はスタメンが安定しないプロ生活を2年ほど送り、キャリア13年目に中日ドラゴンズに復帰するも故障により試合に出られずシーズン終わりに引退を表明しました。

Sponsored Link

山田和利は現在広島カープのコーチ

山田和利 広島

1996年に現役を引退し、1997年からコーチとしてのキャリアが始まりました。

2004年までは中日ドラゴンズのコーチを務めましたが、2005年からは2010年までは球団編成などをするフロント入り。2011年から現在に至るまでは広島カープのコーチを務めています。

1997年 中日の2軍打撃コーチ
1998年 中日の1軍守備・走塁コーチ
1999~2001年 中日の1軍打撃コーチ
2002~2002年 中日の2軍内野守備・走塁コーチ
2004年 中日の2軍野手総合チーフコーチ
2005~2010年 中日でフロント入り
2011年 広島の2軍守備・走塁コーチ

中学までプロを目指した山田裕貴

そして山田和利さんの長男である山田裕貴さんも小学校から野球を始めました。

父親の背中を追いかけ、中学時代まではプロを目指していたそうです。ちなみに、山田裕貴さんは中学時代「名古屋北シニア」という軟式のシニアチームに所属していたことが判明しています!

しかし、中学を卒業するときにプロになることのハードルの高さに絶望し、「自分には無理だ」と悟ってプロを目指すことを諦めました。

その後、父親と同じ東邦高校に進学するも野球は続けませんでした。同級生が甲子園に出場しスタンドに応援に行ったそうですが、「もし野球を続けていたら今立っているのはスタンドではなくグラウンドだったかもしれない」と思い泣いたそうです。

Sponsored Link

俳優で父を超えると誓った山田裕貴

山田裕貴さんが俳優の道へ踏み出したのは東邦高校を卒業した後でした。

父・和利さんに「今までお前に野球をしろと言ったことはない。自分で始めたのに何で最後まで続けないんだ」と言われたことが刺さり、俳優として有名人になるという夢は絶対に諦めないと誓いました。

また、幼いころからテレビに映る父・和利さんを見て「テレビに映るのってカッコいい」と感じてた裕貴さんは、テレビに映る回数では父親に負けないと、俳優として父・和利さんを超えることを誓いました。